銀座西一丁目町会

 

東京都中央区銀座の町会
沿革

「銀座西一丁目」地区の歴史

1968年(昭和43年)までは、地名として存在しておりましたが、以後「銀座一丁目」に統合されました。
江戸時代は、弓町・南紺屋町と言う町名でありましたが、京橋川(現在の東京高速道路の路線)から
汐留川の間の町々は西側をお堀に隔てられ、東は三十間堀に区切られた地域が銀座と呼ばれており、
周りをぐるりと川や堀で囲まれた「水の都」なのでありました。
現在では中央区銀座1丁目2番~5番の地区がこれに該当します。


銀座西一丁目町会のあゆみ

1900年(明治33年)2月22日、当時の東京府は布令を発し、ほぼ各町を単位とする衛星組合の設立を促し、これが町会発足の重要に因由となったと「中央区年表」に記述されています。銀座一丁目から四丁目までを一にして、大正の初めに衛生組合が設立し、大正八年度に銀座町会と改称されました。

終戦の後、1952年(昭和27年)から翌1953年(昭和28年)頃までに本区内でも町会が再建されて、現在に至っております。
 近々では、地域内の幸稲荷神社の移設案件につきまして、地権者様との合意が成立し、2014年(平成26年)夏頃の移設完工を目指しております。

関係団体

当町会は地域の関係団体と密接に連携し、催事・環境美化・防災等の各種事業を推進しております。

   公共団体  中央区役所
 築地警察署
 京橋消防署
 京橋消防団
   町会関係団体              全銀座会/銀座通り連合会
 銀座街づくり会議/銀座デザイン協議会
 京橋二の部連合町会
 祭礼関係  日枝神社